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安部公房『密会』を通じて_小説を如何に読むか?

ここ最近、小説の読み方 についてもっと知りたいと思っています。
小説家になろうとする者へ向けた、小説の書き方本や、脚本の書き方の本、というのは、書店に数多く並んでいるものですが、なかなか小説の読み方を教えてくれる本というのは、多くありません。

そんな中、先日参加した安部公房の読書会「【『密会』読書会】第26回TAPミーティング」で発見がありました。

『密会』は目的をもって読むと辛い
 久々に読んだ密会 (新潮文庫)はとても面白かったのですが、同時に、読みながら何を追いかけて良いのか分からず、とても困惑しました。
(*以下、本書のネタバレがございます。)
 本書は、一言でいうと、病院という巨大迷宮に巻き込まれ、消えてしまった妻を捜す男の物語なのですが、明確な悪や敵というものが存在しないまま、次々と異なる対立構造が複雑に重なりあって進んでいき、更には、読者に対しては、’ノート”という手記として時系列をバラバラに情報が開示され、次々と面白いエピソードを与えられながらも翻弄されて終わります
 様々な謎が提示され、この’ノート’の最終的な目的は何なのか?事件の黒幕と言えるものは何なのか?本書のモチーフは一体何を象徴しているのか? 未解決のまま読了してしまいます。
 僕は、その状態を以て、「どう読んでいいのか、よくわからなかった」と思ったのですが、やはり、読者会でも「よくわからなかった」という意見がありました。
 そして、恐らくは、目的をもって読もうとせずに、楽しむのが正解ではないか?という主旨の意見があり、まさしくそういう理解で良いのではないか?と思うに至りました。

明確な敵が居るのは古典的ハリウッド映画の文法
 主人公がいて、事件が起きて、事件を解決し、最後に黒幕が現れて、敵を倒し、カタルシスを得る、、、
 それが、古典的ハリウッド映画の文法で、その構造に慣れている我々は、先ずはそのような流れの物語を期待しがちです。所謂、起承転結や三幕構造と呼ばれる構造です。

前衛は古典があっての存在
  そのような単純な構造に反旗を翻す前衛的な作品というのが沢山登場しました。敢えて意味不明な物語を継ぎ接ぎしたり、筋のない物語にしたり、投げやりなエンディングにしたり、、、しかし、それらの作品群は、古典を批判する、という1点に於いて存在価値があり、結局は古典が存在することに自らの存在価値を依存する関係にあったため、主流のエンターテインメントになり得ませんでした。

『密会』は前衛的ではない面白さ
 しかし『密会』は、そのような意味不明だけを売りにした作品でもありません。エンターテインメントとして最初から最後まで面白いエピソードの連続として読むことができるのです。
 たしかに、読者をけむにまくような時間の提示方法、時間や空間の矛盾、何処からが”ノート”に書かれたことで、何処からがライブ中継なのか、、、不明瞭なまま読者は投げ出されますが、ワンエピソード、ワンエピソードがとても面白く、またよく納得できるようにできているのです。

例えば、盗聴システム
 聴覚刺激がインポテンスの治療に役立つ、という仮説のもと始まった病院内の盗聴システムは、いつのまにか監視社会になり、かつ盗聴テープはマニアなコレクターに指示されて新たな病院の収益源にもなっています。主人公は、その盗聴テープから妻の手がかりを探しながら、自分自身の盗聴記録をノートに書き記していきます。

 ・聴覚が欲望をよく刺激する : この仮説はみなさん納得行くでしょう。時にラジオドラマの臨場感が本や映画より
高いことをご存知なら、理解頂けると思います。
 ・盗聴による監視社会 : 盗聴器が仕掛けられることの恐怖は言わずもがなですが、そこに象徴あsれる監視社会という構造もとても納得の行く話だと思います。
 ・盗聴ビジネス : ある種のタブーとは、興奮するものです。これも共感できるでしょう。

 このように、部分部分のエピソードでは、とても面白く、納得や共感のポイントがあり、時にコミカルに、安部公房の軽妙な語り口で楽しませてくれます。

面白いエピソードの積み重ね
 盗聴のみならず、本書では様々なネタが提供されていきます。 白衣や寝間着など、制服の持つ力、病院にまとわりつ
サイドビジネス、打ち捨てられた建物の複雑な構造とその冒険、誰がトップでもない様々な権力関係がバランスを保つ組織、全体を把握するものの不在、妻とは何か? 患者とは何か? 関係性とは?
 どんどん突拍子もないキャラクターやとんでもない構造が提示されますが、そのどれもが思い当たるフシがあるエピソードばかり、信実に近づいて行くようでどんどん複雑になるまま物語は終演を迎えます。

 1つの物語に1つの一貫したテーマ性や、主人公を中心とした1本の物語が存在するに違いない、と思い込まない読書方法があるのだ、と思い知る一冊でした。



私が読んだことのある小説の読み方の本
平野 啓一郎 『小説の読み方』
小説の読み方~感想が語れる着眼点~ (PHP新書)

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「ちくま小説入門 (高校生のための近現代文学ベーシック) 」

ちくま小説入門 (高校生のための近現代文学ベーシック)

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