「ブランディング」という言葉の解像度を上げる
ブランディング という言葉はマーケティングを支援する会社にとっては非常に都合の良い言葉だが、金を払う立場からすると余りにも抽象的な言葉で掴みどころがない。もう1段階解像度を上げてこの言葉を理解するとどうなるだろうか?
「ブランディング」という言葉の使用実態
例えば、こちらの本では、バズワード的に流行った手法の賞味期限が切れたときに 「ブランディング」という言葉使用されると指摘している。
この山口さんの指摘は、広告業界に居る自分からしても実感に近い印象だ。より自分の感覚に近い言葉にすると
上手く効果を数値化して説明できないときに「ブランディング」という言葉に逃げるマーケティング支援会社の人が居る という印象だ。彼らにとっては、ブランディングという言葉の共通理解が事業会社と支援会社の間に存在していなくても構わない。施策の意図がブランディングだと思ってもらうことが重要ではなく、幾らの売上貢献になるか説明できないことの言い訳をしているだけだからだ。
「ブランディング」の定義は探るべきではない
この言葉の定義を探すのは恐らく不毛である。「自分の飼育動物を区別するための焼印ですよね?」という理解であれば、”コピーライト”や”ロゴマーク”ということで事足りるし、「差別化して高い収益率を維持する、超過収益みたいなものですよね?」という理解であれば、”差別化戦略”、”セグメンテーションとターゲティングとポジショニング”ということで事足りる。「ブランディングってなんですか?」と質問しても十人十色の答えが返ってくるだろう。一般的な理解は、ウィキペディアでも参照いただきたい。
「ブランディングとは?」を 誰かと不毛に議論することよりも、目の前に解決すべき課題がある。マーケティング支援会社からの提案時に「ブランディングすべきです。そのため○ま○の施策を提案します!」と言われたときに、 このマーケティング支援会社が煙に巻こうとして「ブランディング」と言っているが、本当は何を言語化したかったんだ? と探ることの方が重要だ。
メインの「ブランディング」の用途は「イメージアップ」
恐らくマーケティング支援会社、中でも広告代理店が「ブランディング」という言葉を使うとき、その実態はただの「イメージアップ」ということだ。具体的な機能やメリットを説明するのではなく、何となくのカッコいい映像や美しいタレントとイケているキャッチコピーが載ったコマーシャルフィルムの目的として提示される場合はこれだ。
誰かがダンスをしているだけのCMとか、具体的な効果効能や顧客メリットを提示しない類の広告を思い浮かべて欲しい。上司や役員に説明するとき「うーん、カッコいいのはわかるんだけどさ」と言われかねない。確かに仕上がりは良さそうだし自分もやってみたいが、本当に意味があるのかはよくわからない、そういうタイプの企画だ。
「イメージアップ」が効く理由
広告代理店の営業とクリエイターは比較的不勉強だ。なぜ効果効能を謳わない「イメージアップ」のコマーシャルフィルムを放映する意味があるのか、ちゃんと説明してくれることはないだろう。「商品CMとブランディングCMの効果の違いを数値化してくれないか?例えば、商品CMは毎度キャンペーン的に出稿しないといけないが、ブランディングをしておくと数年後も効くとかさ」という依頼を何度受けたことかわからない。残念ながら勉強熱心な担当者でも数値化はできない。
なぜならイメージアップが効くのは「単純接触効果(ザイアンス効果)」だからだ。大学生に異性の写真を見せて好みを質問するとき、こっそり何度も同じクラスに主席させていた異性(直接の会話もない)に対しては好感度が上がったという例がよくでてくる。具体的なメリットを提示しなくても、何度も目にして印象に残すことさえできれば好感度が上がるということだ。身も蓋もない理論だが、マスプロモーションは全てこの効果を基礎にしていて、メディアプランニングの基礎はいかにリーチ&フリークエンシーを効率よく獲得するかの線形計画問題のようなものだ。
さて、「イメージアップ」が目的の場合、その根拠はコマーシャルフィルムの中身というよりも、その映像が一体何人に何回接触させられるのか、ということの方が寧ろ重要だ。充分な予算を投下できたり、充分な期間同じ映像を流し続けたりすることができるなら考えても良い施策だ
「差別化戦略」の場合
”ブランディングが目的です”と言うときのもう一つのパターンが、「差別化戦略」だ。”競合との違いを明確にして新しいパーセプションを獲得しましょう”というものだ。象徴的なのはハズキルーペのコマーシャルフィルムだろう。
著名タレントも使っているし、インパクトのある映像でもあるが、”小さい字が多すぎて辛い”や”座っても割れない”といった顧客の課題を解決できることを明示している。
実はアップルのコマーシャルも同じだ。薄くて軽い(軽そうに見えるだけだが)マックブックエアや、カメラが高性能なスマートフォンなど、ただカッコいいだけの映像ではないタイプのコマーシャルフィルムが案外多いことに気がつくだろう。
「差別化戦略」が効く理由
こちらの場合は「セグメンテーションとターゲティングとポジショニング(STP)」や「ユニークセリングプロポジション(USP)」という言葉も同時に使われるが、
- 顧客の解決したい課題は金を払いたいだけの大きなニーズか?(ターゲットのインサイトを掴んでいるか?)
- 商品が解決できる課題は競合では実現できない内容か?或いは圧倒的に安く提供できるか?
などが重要になる。
コマーシャルフィルムで言及している課題解決が顧客が喉から手が出るほど欲しいものであるかどうか?の検証が必要だ。何ならこれはマーケティング支援会社の仕事というより事業会社のマーケターの仕事だろう。
一方で、2つ目の”競合が真似できない”という点については、残念ながらコモディティなこともあるだろう。その場合は、「シェアオブボイス」が重要になる。結局は単純接触効果を競合と競い合うということなのだが、競合よりも多い出稿量を出し続けて、「~といえば○○社」という記憶を残して貰うのだ。競合との出稿量を競う指標を「シェアオブボイス」という。故に、USPが無い場合は、これまた、出稿量を競合より多くするだけの金が必要な施策ということになる。
「ブランディング」は紐解くと「ターゲットインサイト」と「媒体費にかけられる金の量」
「ブランディング」という言葉からはついつい”いかにかっこよく見えているか”が重要になるかのように思えるかもしれない。実際、”印象に残す”・”記憶に残す”という意味ではそれも重要だ。だが、カッコいい・カッコよくないを議論する前に、”大量に出稿するお金が用意できるのかどう”或いは”顧客の課題を理解しているかどうか”なども平行して検討できていないと、高い制作費を払っただけで終わってしまいかねない。